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横浜地方裁判所 平成4年(ワ)3912号 判決

主文

一  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年九月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告住友海上火災保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告大東京火災海上保険株式会社との間においては被告大東京火災海上保険株式会社の負担とし、原告と被告住友海上火災保険株式会社との間においては原告の負担とする。

事実及び理由

第一  本件請求

(第一事件)

原告は、被告大東京火災海上保険株式会社に対し、住宅総合保険契約に基く保険金五〇〇〇万円及びこれに対する保険事故発生の通知の日から相当期間経過後である平成四年九月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めている。

(第二事件)

原告は、被告住友海上火災保険株式会社に対し、住宅総合保険契約に基く保険金五八九三万四六三五円[家財分一五二〇万円。明記物件動産分四三七三万四六三五円(別表Aの番号1ないし34の物件の「本件請求」欄記載のとおり。)]及び運送保険契約に基く保険金二二〇〇万円(別表Aの番号35ないし44、及び別表Bの各「本件請求」欄記載のとおり。)の合計金八〇九三万四六三五円及び内金七四七五万四六三五円に対する訴状送達の日の翌日である平成六年六月二三日から、内金六一八万円に対する原告の平成六年九月九日付け準備書面送達の日の翌日である同年九月一〇日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めている。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実

1  被告らは、火災、海上、運送等の各保険業等を業とする株式会社である。

2  原告は、平成四年三月一八日、被告大東京火災海上保険株式会社(被告大東京火災という。)との間で、伊東市富戸字郷松道九六七番地一九所在の原告居宅(本件建物という。)につき、以下の約定で住宅総合保険契約を締結し、同日約定保険料を支払った(この契約を本件契約一という。)。

(一) 保険金額 五〇〇〇万円

(二) 保険期間 平成四年三月一九日から平成五年三月一九日まで

(三) 保険料 八万七五〇〇円

3  原告は、平成三年四月二〇日、被告住友海上火災保険株式会社(被告住友海上という。)との間で、以下の約定で住宅総合保険契約を締結し、当日約定保険料を支払い、平成四年四月一三日、右契約を更新した(この契約を本件契約二という。)。同契約の明記物件は別表Aの番号1ないし34記載の品目であり、原告が記載したその見積価額は同表の「申込書」欄記載のとおりである(丙三の一、二、丙四の一、二)。

(一) 保険金額 九〇〇〇万円

対象 家財 一五二〇万円

明記物件動産 七四八〇万円

(二) 保険期間 平成四年四月二〇日から平成五年四月二〇日まで

(三) 保険料  一九万八〇〇〇円

4  原告は、平成四年三月二七日、被告住友海上との間で、以下の約定で運送保険契約を締結し、同日約定保険料を支払った(この契約は本件契約三という。)。

(一) 保険金額 一億円

(二) 貨物 中国製石の彫刻

(三) 運送区間 国内各地相互間

(四) 保管中の担保 保管場所である本件建物の火災につき担保

(五) 保険期間 平成四年三月二七日から同年九月二七日まで

(六) 保険料 六〇万円

5  本件建物は、同年七月二〇日、火災により全焼した(本件火災という。)。

6  原告は、本件火災後直ちに、被告大東京火災に対し、本件火災により本件建物が焼失したことを通知した。

二  争点

1  本件契約一について無効もしくは取消事由の存否(保険金の不正取得を目的として締結されたものか否か。)

2  本件各契約について保険約款違反の有無(本件火災は原告の故意又は重過失に基づくものか否か。)

3  本件契約二及び三について保険約款違反の有無(各契約申込書の虚偽記載に基づく解除)

4  本件契約二及び三について保険約款違反の有無(損害明細書の虚偽記載)

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1〔本件契約一について無効もしくは取消事由の存否(保険金の不正取得を目的として締結されたものか否か。)〕について

(一) 被告大東京火災の主張

(1) 以下に述べるとおり、本件火災の発生やその前後の状況に不審な点があるばかりでなく、原告には不審な行動が数多く存在するのであって、これらの事実からすると、本件契約一は、原告が保険金の不正取得を目的として締結したものである。

ア 原告の過去の保険金取得歴及び本件との類似性

原告は、昭和五四年から昭和五九年までの間、被告大東京火災ほか三社との間で八件の所得補償保険契約を締結し、肝硬変入通院等の保険事故を理由として保険金を受領しているほか、富士火災海上保険株式会社との間で建物火災保険契約を締結し、昭和四八年一二月三一日に建物火災にあったとして三〇〇万円の保険金を受領した。右建物火災の出火原因は、元従業員による放火と推定されているところ(乙二)、右火災と本件火災との間には、全く火の気のない場所から出火した、出火場所には出火当時人がいなかった、建物の施錠が十分でなかった、建物内部に可燃物が山積みされていた、原告が保険契約を締結してから間もなく火災が発生した等の類似性がある。

イ 本件各契約締結の経緯

原告は、本件各契約締結に際し、過去に火災にあったこともなく交通事故や損害事故で保険金を受領したことは一度もないと虚偽の申し出をして、積極的に申込みをなした。しかも、本件契約一については、被告大東京火災の代理店である迫田和夫(迫田という。)と懇意であることを奇貨として、本件建物の再構築費用が五〇〇〇万円もかかるものであるか否か審査されることなく、五〇〇〇万円の価格協定特約を付した契約を締結した。また、本件契約二及び三については、当初、迫田に対し積極的に中国製の石の彫刻について動産火災保険契約の申込みをして引受を拒絶され、次いで伊東市農業協同組合(伊東市農協という。)に対し動産火災共済契約の申込みをしてこれも引受を拒絶され、最後に被告住友海上の代理店である有限会社ツクダの代表者佃好昭(佃という。)に予め中国製の石の彫刻を撮影した写真や過大な購入価額を示し、ホテルで展示即売会をする予定もないのに右予定があるから運送保険にしたい等と虚言をろうして次々に締結したものである。

ウ 目的物件の価値、入手経路等

本件契約一には、五〇〇〇万円の価格協定特約が付されており、保険事故が発生した場合にはその建物の価格がこれよりはるかに低いものであっても原告は五〇〇〇万円の保険金を取得できることになっていたが、本件建物の建築費用は三三七〇万七七〇九円(消費税込み)であった。

また、原告が本件契約二の申込書に記載した明記物件の見積価額と右明記物件の実際の取得価額、及び本件契約三の申込書記載の保険価額と対象貨物の取得価額との間には、著しい齟齬があり、本件火災後提出された損害明細書記載の仕入れ先及び仕入れ金額についても虚偽の申告をなしているが、これらの物の客観的価値が取得価額を大きく上回るべき特別の事情はない。その上、原告は、当初損害明細書の提出を拒絶し、平成五年一月一四日ようやくこれを提出したが、購入先等空欄のものであり、その後、原告が明らかにした購入先はその殆どが架空の人物であった(例えば、益山なる人物から購入した八枚の絨毯を明記物件に加えているが、右人物の存在は確認されていない。)。更に、原告は、唯一の実在の人物である朴春興(朴という。)について、その居住地が伊東市であるのに所在地欄に「群山市羅雲洞」と記載して韓国に在住しているかのように見せかけたり、物件入手先である株式会社さいか屋(さいか屋という。)に対し、物件の購入金額等について被告らから調査を依頼された調査会社である株式会社ニック(ニックという。)の調査員に一切話さないよう依頼する等して、被告らの物件の価格及び入手経路に対する調査を妨害した。

エ 原告の経済状態

原告は、株式会社高村建設(高村建設という。)、有限会社クリスタル貿易(クリスタル貿易という。)、有限会社ゆりかご(ゆりかごという。)及び伊東扇園株式会社(伊東扇園という。)を経営していたが、高村建設は、原告が肝機能障害を患い入退院を繰り返すようになったことから業績が悪化して、平成四年ころから事実上営業を停止しており、中国製竹細工製品の輸入を業とするクリスタル貿易及びその販売を業とするゆりかごは、ともに販売実績が全く上がっていない状態であり、別荘の管理、廃棄物の再生処理等を業とする伊東扇園は、住民らとの対立が原因で休眠状態となっている。

原告は、平成二年ころからその所有不動産を次々と売却し、その代金を費消しており、現在所有する不動産は山林や公衆用道路といった交換価値の低いものばかりで、本件建物についても買い手を探している状態であった。また、高村建設所有の重機等も売却されていた。

オ 本件火災前の不審な行動

原告は、石の彫刻を販売する事業を始める予定などなかったにもかかわらず、平成三年ころ大量に中国製の石の彫刻を買い付け、また、平成二年から四年の間、さいか屋や「いのうえダイヤモンド」等から二階建ての家に飾るには不相応なほどの大量の美術品等を購入し、しかも本件建物とは別に倉庫があるにもかかわらず、これら石製品や美術品の全てを本件建物内に搬入して保管していた。

また、本件火災は、本件建物に居住していた原告及びその内妻深沢きぬ江(深沢という。)の不在中に発生した。すなわち、原告は、輸入代行業者である株式会社内外日東(内外日東という。)の依頼で竹製品のサンプルを横浜まで届けに行き、深沢は、原告と高村建設の従業員である時崎恵子(時崎という。)との肉体関係を知って怒り原告宅を飛び出したというが、原告が自ら横浜までサンプルを届けに出掛ける必要性はなく、また、深沢と原告との喧嘩別れは狂言であって、いずれもアリバイ工作としてなされたものである。

しかも、原告は、横浜に出掛ける際、留守中に深沢が荷物を取りに来ることになっていたので鍵をかけなかったというが、深沢にそのような予定があったか疑問であること、鍵は他人(中原瑞彦。中原という。)に預けることも可能であったこと、玄関先に三〇〇万円の現金を置き(この点も疑問があるが)、高価な美術品を多数本件建物内に所持していたと原告が主張していること等からいって、鍵をかけなかったというのは不自然である。

なお、原告は、平成四年七月ころゆりかごで販売する竹製品等の入った箱を本件建物内に搬入し、本件火災の二、三日前に竹製品等を全て箱から取り出して一階和室に並べ、通常は二階で寝むのに本件火災前日は竹製品などで一杯の一階和室にわざわざ布団を持ち込んでいる。原告は、倉庫を他に所有しているのに、それらを本件建物に搬入したことがそもそも不自然であるし、原告が一階和室においた蚊取線香が本件火災の原因であると思わせようとしていることと併せ考えると、これらは蚊取線香を出火原因と見せかける偽装工作の一環であると疑われる。

カ 本件火災後の不審な行動

原告は、本件火災当日の早朝わざわざ佐藤宅へ電話をかけて本件建物の様子を聞いており、火災を知られてもさして動揺しなかった。

また、原告は、本件火災当時、実印、会社印、不動産の権利証、土地利用関係の書類、衣類等貴重品や当面の生活に必要な物品を持ち出し、自己所有の自動車内に入れて所持していた。更に、原告は、本件火災に関する事情を知る佐藤登士良(佐藤という。)を国外に連れ出したり、北條造園こと北條正行(北條という。)に指示して焼残物を地中に埋めさせる等して、被告らの調査を妨害した。

キ 出火原因についての疑問

本件火災の出火場所は、消防署による現場検証によれば最も焼毀の強い一階玄関ホールであると推定されるが、そこには発火源になりうる物はなく、何者かによる放火としか考えられない。

(なお、被告大東京火災の右(1)のアないしキの主張は、被告住友海上もこれを援用する。)

(2)ア 公序良俗違反による無効

本件契約一は、保険金の不正取得を目的として締結された契約であるから、公序良俗に反し、無効である。

イ 錯誤による無効

原告の本件契約一の申込みが右のとおり保険金の不正取得を目的としたものであるのに、被告大東京火災は、これを知らずにそうでないことを前提として本件契約一を締結したものであるから、同被告の右受諾の意思表示はその要素に錯誤があり、無効である。

ウ 詐欺による取消

原告は、本件契約一の締結に際し、右のとおり保険金の不正取得を目的としていることを秘し、被告大東京火災にかような目的がないものと誤信させ、もって同被告をして、本件契約一を成立させた。被告大東京火災は、平成六年九月八日原告に対し、本件第一一回口頭弁論期日において、本件契約一における受諾の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

エ 商法六四二条の準用による無効

原告は、(1)記載の諸事情に鑑みれば、本件契約一締結の当時火災事故発生を予期していたものと考えられるところ、商法六四二条は契約当時事故の発生を契約当事者の一方が知っていた場合には契約は無効になると規定して、保険契約における事故発生の偶然性を前提としており、未だ事故が発生していない場合でも、保険契約者において事故発生を予期していたときには、同条を準用して保険契約は無効になるものというべきである。

(二) 原告の主張

被告大東京火災の主張は否認し、争う。

2  争点2〔本件各契約について保険約款違反の有無(本件火災は原告の故意又は重過失に基づくものか否か。)〕について

(一) 被告らの主張

(1) 被告両名の住宅総合保険普通約款(住宅保険約款という。)二条一項一号は、いずれも、保険契約者、被保険者の故意もしくは重大な過失によって生じた損害に対しては、保険会社は保険金を支払わない旨規定し、被告住友海上の運送保険普通約款(運送保険約款という。)三条一号も同旨を規定しているところ、前記三の1の(一)の(1)において主張した諸事情(なお、前記のとおり、被告住友海上も被告大東京火災の右主張を援用する。)に鑑みれば、本件火災の原因は、原告と共謀した第三者が午前七時から八時までの間に原告宅に入り、玄関ホールに火を放った、または原告自らが本件火災当日の午前四時ころ横浜に向けて出発するに際し、午前七時から八時ころまでの間に出火するよう工作したことによるものと考えられる。

また、仮に、本件火災の出火原因が原告の供述どおり、蚊取線香の不始末である場合、本件火災事故は、原告の重大な過失により発生したものといえる。すなわち、原告は、本件建物の一階和室に竹製品や段ボール箱等極めて燃えやすい可燃物を多量に運び込んで、火元さえあれば直ちに独立燃焼を始めるような状況を自ら作出し、火元となる蚊取線香を二重に重ねるという不安定な状態で着火してテーブルの下に置いた上、畳んだ布団をテーブルの西側に放り投げ、その風圧で前記蚊取線香が倒れるなり吹き飛ぶなりしたのに、それを拾い上げたり火を消したりといった措置を何らとらないまま外出したため、蚊取線香の火が、竹製品か何かに着火して本件火災が発生したものであって、原告の右行為は、少し注意をすれば容易に結果発生を予見し、結果を回避することができたにもかかわらず、その注意を怠ったものといえるから、一般人が一般的に犯してしまいがちな過失行為の範疇を超えて、保険事故発生の危険性を著しく高めたものであり、故意と同視しうる不注意である。

(2) したがって、本件各契約の目的物について原告に生じた損害は、いずれも契約者・被保険者たる原告の故意又は重大な過失によるものであるから、被告大東京火災は、本件契約一について住宅保険約款二条一項一号に基づき、被告住友海上は、本件契約二については同条項に基づき、本件契約三については運送保険約款三条一号に基づき、それぞれ原告に対し、保険金支払義務を負わない。

(二) 原告の主張

被告らの主張のうち、住宅保険約款二条一項一号が被告ら主張のとおり規定し、運送保険約款三条一号も同旨を規定していることは認めるが、その余は否認し、争う。

3  争点3〔本件契約二及び三について保険約款違反の有無(各契約申込書の虚偽記載に基づく解除)〕について

(一) 被告住友海上の主張

(1) 住宅保険約款一五条一項は、保険契約締結の当時、保険契約者が、故意又は重大な過失により保険契約申込書の記載事項について、保険会社に不実のことを告げたときは、保険会社は、保険証券記載の保険契約者の住所に当てて発する書面による通知をもって、保険契約を解除することができる旨規定し、運送保険約款一一条一項も同旨を規定している。

原告は、本件契約二の申込みに際し、申込書添付の明記物件表(単に申込書ともいう。)に各明記物件の保険価額を記載したが、右記載は、次のとおり虚偽の記載である。すなわち、原告が本件契約二の申込書添付の明記物件表に記載した明記物件は別表A記載の番号1ないし34の物件であり、これらの物件について原告が記載した保険価額は同表の「申込書」欄記載のとおりであるところ、そのうち、番号1、2、3、4、6、7、9、12、13、15、17、27、28、29、30の各物件の実際の取得価額は同表の「さいか屋・佐藤」欄記載のとおりであった。したがって、実際の取得価額と申込書記載の保険価額との間には大きな乖離がある。

更に、原告は、本件契約三の申込みに際し、運送保険契約申込書に貨物(保険の目的)として、「中国製石の彫刻」、保険価額・保険金額として、「一億円」と記載したが、右記載は次のとおり虚偽の記載である。すなわち、原告が本件火災後に本件契約三の損害明細書に記載した貨物は別表Aの番号35ないし44記載の物件であるところ、そのうち、番号35ないし41の物件の実際の取得価額は同表の「さいか屋・佐藤」欄記載の金額であり、実際の取得価額と保険価額との間には大きな乖離がある。

原告は、本件契約二及び三の各申込みの際には、各明記物件及び貨物の取得価額を示す書類などを所持するなり、所得価額を記憶するなりしていたのである。したがって、原告は、本件契約二については、実際の取得価額をはるかに上回るものであることを知りながら、明記物件の保険価額を記載したものといわざるを得ず、「故意又は重過失により」不実のことを告げたものというべきである。そして、本件契約三については、保険の目的である貨物の実際の取得価額を合計しても一億円にははるかに満たないことを知りながら、その保険価額・保険金額の合計が一億円であると記載したものといわざるを得ず、「故意又は重過失により」不実のことを告げたものというべきである。

(2) 被告住友海上は、原告に対し、平成五年六月一日到達の内容証明郵便により、右各約款に基づいて本件契約二及び三を解除する旨意思表示した。

(3) 原告の後記主張(2)のうち、住宅保険約款一五条二項四号が原告主張のとおり規定し、運送保険約款一一条三項も同旨を規定していることは認めるが、その余は争う。

被告住友海上が原告の不実記載の事実を知ったのは平成五年五月二七日であるから、右解除の意思表示は、除斥期間内に行われたものである。

(二) 原告の主張

(1) 被告住友海上の主張のうち、住宅保険約款一五条一項が同被告主張のとおり規定し、運送保険約款一一条一項も同旨を規定していること及び同被告が本件契約二及び三を解除する旨意思表示したことは認め、その余は否認し、争う。

(2) 住宅保険約款一五条二項四号は、保険会社が前項の不実のことを知った日から保険契約を解除しないで三〇日を経過した場合には、前項の規定を適用しない旨規定しており、運送保険約款一一条三項も同旨を規定しているところ、原告は、平成五年一月一四日付けで本件火災に伴う損害明細書を提出し、被告住友海上はこれにより右「不実のこと」を知ったのに、同被告による契約解除の意思表示は、それから三〇日以上経過した平成五年六月一日になされたのであるから、除斥期間後の意思表示であり、解除の効力はない。

4  争点4〔本件契約二及び三について保険約款違反の有無(損害明細書の虚偽記載)〕について

(一) 被告住友海上の主張

住宅保険約款二四条一項は、保険契約者又は被保険者が保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、これを保険会社に遅滞なく通知し、かつ、損害見積書等を提出すべきことを定め、同条四項は、その提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは、保険会社は保険金を支払わない旨規定し、運送保険一六条四項も同旨を規定しているところ、原告が被告住友海上に対し提出した平成五年一月一四日付け損害明細書の購入金額及び購入先欄には次のとおり事実に反する記載がある。すなわち、原告が同被告に提出した本件契約二についての損害明細書には、別表Aの番号1ないし24、27ないし34の物件について、その「損害明細書」欄に記載のとおりの購入金額、購入年月日及び購入先を記載しているが、そのうち、同表の番号1、2、3、4、6、7、9、10、12、13、14、15、20、27、28、29、30の各物件については、本件訴訟において同表の「本件請求」欄記載のとおりに訂正している。これにより、右損害明細書に不実記載があったことは明確である。また、本件契約三についての損害明細書には、同表の番号35ないし44の物件について、その「損害明細書」欄に記載のとおりの購入金額、購入年月日及び購入先を記載しているが、そのうち、同表の番号35、36、38、39、41の各物件については、本件訴訟において同表の「本件請求」欄記載のとおりに訂正している。これにより、右損害明細書に不実記載があったことは明確である。そして、原告は、右不実の記載をしたことについて正当な理由がないから、被告住友海上は、本件契約二及び三に基づく保険金を支払う義務はない。

(二) 原告の主張

被告住友海上の主張のうち、住宅保険約款二四条一項が同被告主張のとおり規定し、運送保険約款一六条四項も同旨を規定していることは認めるが、その余は否認し、争う。

第三  争点に対する判断

一  証拠により認められる事実

1  本件各契約締結の経緯

(一) 本件契約一について

原告は、昭和四三年ころから被告大東京火災の保険代理店を営む株式会社迫田商店の代表取締役迫田と親しくしていたところ、平成三年三月中旬ころ迫田に対し、本件建物に火災保険を付けてほしい旨申し込み、建物の建築費用は五〇〇〇万円かかったと告げて、保険金額五〇〇〇万円の価格協定特約付きの住宅総合保険(本件契約一)を締結し、その後、右契約は平成四年三月一九日更新された。なお、本件建物は、平成三年二月までに新築されたものであり、その建築費用は、三三七〇万七七〇九円であり、これに照明、エアコン等の設置費用を加えても合計三八六九万六六八二円であった。原告は、右契約締結の際に家財等についても保険を付けたい旨の申し入れはしなかったが、契約後一週間程して迫田に対し、中国から仕入れた石や美術品に保険を付けたい旨相談したところ、高価な美術品等に保険を付けるには鑑定書を準備したりすることが必要であるため、これを面倒に思った迫田から右依頼を断られた。(乙一の三、丙一三ないし一六、二二、原告本人)

(二) 本件契約二及び三について

その後、原告は、家財や美術品を目的として動産火災共済に加入することを伊東市農協に申し込んだが、同農協は、高額契約の引受ができないという理由でこれを断り、かわりに佃を紹介した。佃は、平成四年四月五日ころ原告宅を訪れたところ、家財や美術品等に保険を付けていないのでよろしく頼むと言われ、原告宅内に飾られていた絵画、掛軸、置物等を見せられそれらの価値について原告の説明を受けた。佃は、これらの動産類は非常に高価なものであるとの説明であったので、明記物件として引き受けなければならないと考え、原告に対し、物品名及び購入価格のリストの作成を依頼した。佃は、同月一二日ころ再度原告宅を訪問し、原告からリストの提出を受けた。佃は、原告から提出されたリストの記載総額に基づいて、明記物件の購入価額が七四八〇万円ということであり、その他の一般家財は夫婦二人ということだったので一五二〇万円と見積もり、総額九〇〇〇万円の本件契約二を締結することとなり、原告と被告住友海上の間でその契約が締結された。それ以来、佃は、一、二か月に一回程度の割合で原告宅を訪問し、建物等の保険が満期になったら自分に回してほしい旨話していたところ、平成三年七月ころ、原告から、中国から彫刻類を輸入してホテルで展示即売会を行うことを計画していること、非常に高価なものだが運送屋は運送中の破損について補償してくれないことを告げられ、被告住友海上には運送中の事故を担保するような保険があるかどうか相談された。しかし、その折りには、被告住友海上が見積もった保険料に原告が難色を示し、なお交渉していたが、展示会は結局行わないことになったということで契約には至らなかった。その後、佃は、平成四年三月ころ、原告宅に置いてある彫刻類が増えているのを見たことから「石についても保険を付けておいたらどうか。」と言ってみたところ、原告は「そうだなあ。」と応じるような態度を示したことから、結局本件契約三の締結に至った(丙一七、原告本人)。

2  本件火災前の原告の行動等

(一) 中国産竹製品等の購入

原告は、平成四年二、三月ころ、中国旅行の際に同地の竹籠の花瓶等の竹製品に目をつけ、その輸入・販売を思い立ち、輸入のためにクリスタル貿易を設立して自ら同社の代表取締役に就任して同年四、五月ころには大量の竹製品を買い付け、その販売のため同年七月初旬にゆりかごを開店し内妻の深沢にその経営を任せていた(乙一六、佐藤証人)。

原告は、平成元年から三年ころにかけて、さいか屋から別表Aの「さいか屋・佐藤」欄及び別表Bの「さいか屋」欄各記載のとおり、多数の絵画等の美術品、ペルシャ絨毯等を購入していた。また、原告は、平成三年ころ、佐藤に中国製の石の香炉を見せられたことがきっかけで中国製の石の彫刻に興味をもち、以後、佐藤及びその妻の弟である中原を通じて、別表Aの「さいか屋・佐藤」欄記載のとおり、多数の中国製の石の彫刻を購入した。(乙一二、一三、佐藤証人)

右の美術品、石の彫刻等のうち、いずれが本件火災時本件建物内に置かれていたものかは証拠上明らかではないものの、原告建物内には個人宅としては珍しいほど多数の美術品等が飾られ、その数は年々増加していた(丙一七、工藤証人)。

(二) 佐藤は、平成三年四月ころ、中原の経営する伊豆興花園株式会社が原告に販売した商品の配達の業務を手伝ったのを契機に原告と親しくなり、時々原告宅を訪問して原告の商売の相談に乗ったりし、原告も佐藤の妻が経営する飲食店に客として出入りしていた。平成四年七月一五日、佐藤が原告宅を訪問したところ、同人の面前で、深沢と原告とが時崎恵子と原告との男女関係の件で口論を始め、深沢が原告宅を飛び出してしまった。その後、同月一八日に佐藤が原告に呼ばれて原告宅を訪問したところ、原告は、「深沢が二〇日に荷物を取りに来ることになっているが、自分はその日朝早く横浜の税関に行かなければならない、深沢に車と現金三〇〇万円をやろうと思うので、それを渡してくれ。」と言って、佐藤に車の鍵を預け、現金三〇〇万円は伊豆信用金庫の紙袋に入れ封をしないまま、玄関ホール階段下の収納庫の扉付近に入れた。佐藤は、右収納庫には鍵がかからないのを危ぶみ、右紙袋を奥まで入れて段ボール箱の上に置き、その上にポリ容器を被せた。佐藤は、翌一九日に再び原告に呼ばれて原告宅を訪れたところ、原告から状況が変わったので深沢には車も金もやらなくてよくなったと言われたので、預かっていた車の鍵を返した上、右収納庫に入れておいた現金を持ってこようとしたが、原告が「あれは、あのままでいい。」と言ったので、その日は収納庫は開けず、現金の確認はしなかった。その日、原告宅の一階和室には多数の竹製品が並べられ、その側には段ボールの空き箱が積まれていたが、これらは同月一六日に、佐藤が原告から竹製品にカビが生えるというので箱から出して並べておいたものであった。佐藤は、同日午後五時ころ辞去した。(乙一六、二八の一、二、佐藤証人、工藤証人)

なお、深沢は、一八日に義兄である佐野義夫宅を訪問して同日と翌一九日に同人宅に宿泊したが、原告との別れ話の類は全く出なかった。また、一九日に原告から佐野宅の深沢に電話があり、佐野は、深沢から、原告が翌二〇日早朝に横浜の税関に行くので深沢は二〇日に帰宅する旨聞かされた。また、深沢は、本件火災後、原告が生活していたホテルに共に滞在していたことがあったし、同年一二月一〇日に原告が住宅新築資金の融資を伊豆信用金庫に申し込んだ際、保証人としての深沢の印鑑証明書等が提出されたりもしている(丙一八ないし二〇、原告本人)。

(三) 原告は、本件火災当日である同月二〇日午前四時ころ、本件建物を出て横浜に向かい、同日午前七時ころ、内外日東横浜支店に中国製竹製品のサンプルを届けた。右サンプルは、本来同月一七日までに届けるべきもので、同日までに同社に届かなかったことから同月二〇日の午前九時までに届けるよう要求されていたものであるが、原告本人が届ける必要はなく、宅配便等で送付しても差し支えなかったものである。(乙三四、丙二二、原告本人)

3  本件火災後の原告の行動等

(一) 本件火災当日の平成四年七月二〇日午前八時五〇分ころ、中原から本件火災の知らせを受けた佐藤が原告宅に駆けつけようとしていたところに原告から電話があったので、佐藤は本件火災を原告に知らせた。すると、原告は、「蚊取線香かなあ。」と呟いたのち、直ぐ帰ると言って電話を切った。また、原告は、同年一〇月二五日、火災原因はテレビゲーム機あるいは蚊取線香ではないかと考えること、蚊取線香は二段重ねにして専用の金具に立て、火をつけて一階和室のテーブルの下とリビングに置いたが、外出する際一階和室で畳んだ布団を放り投げた拍子に蚊取線香が倒れたかもしれない旨記載した火災事故報告書を作成してニックに提出した。しかし、本件火災の前日である同年七月一九日に佐藤が原告宅を訪れた際には、一階和室内の座卓の下に蚊取線香が置かれていたが火はついてなかった。佐藤の辞去後、午後一〇時ないし一一時ころ、原告の知人である工藤義夫(工藤という。)も原告に呼び出されて原告宅を訪れ、翌二〇日の午前一時ないし二時ころまで原告宅にいたが、蚊取線香の煙などは感じなかった。(乙一六、丙一八、佐藤証人、工藤証人)

(二) 本件火災当日の午前一〇時ころ、佐藤が本件火災現場に行ってみると警察や消防の現場検証中であったので、佐藤は階段下の収納庫の中の三〇〇万円のことを警察官に伝えて一緒に探した。しかし、同収納庫の内部には佐藤が現金に被せたというポリ容器はなく、ポリ容器の溶解も見分されず、段ボール箱の底部が焼け残っていたにもかかわらず、一万円札は、ベニヤ板にくっついて半分焼けたものが一枚見つかったのみであった。なお、原告は、途中から右現場検証に立ち会った。(乙一の五、乙一六、佐藤証人)

(三) 原告は、実印、会社印、権利書、取引先を書いた電話帳、会社の定款、図面、土地利用に関する書類等の重要書類のほか、若干の衣類、靴等を事故所有車に積んでいた(乙一六、佐藤証人、原告本人)。

(四) 原告は、佐藤に対し、中国製の石の彫刻等の売買についての佐藤と中原の関与について誰にも口外しないよう依頼していた(乙一三)。

また、原告は、同年七月二三日ころ、佐藤に対し、同人の借金を退職金の前払いという形で自分が支払ってやるから、原告の経営するクリスタル貿易の仕事を手伝わないかと持ちかけ、同月末には、本件火災のことで人の口が煩いから中国に行ってくれと言い出し、同年八月一日から二人は上海に渡って暫く中国に滞在した。その後、佐藤が同月末に自分の仕事で再び中国に行き同年九月四日に帰国したところ、原告は、佐藤が金を貰って火をつけたという噂があるから直ぐ中国に行き、二、三か月は帰ってくるな、滞在費やローンの支払いは自分が払ってやると言い出したが、佐藤は、原告の言うとおりにすると自分が疑われると考え、これを断わった(乙一六、佐藤証人)。

(五) 原告は、同年八月初旬ころ、平成元年ころから親しくしていた土建業等を営む北條に対し、罹災した本件建物の解体工事を依頼した。原告と北條との打ち合わせの結果、本件建物を取り壊したのち、焼残物(当時建物内部に残存していた焼けた中国製の石の彫刻も含む。)は伊東市鎌田の山中にある高村建設の用地まで運んで埋めることとなり、北條は、平成四年八月五日から九日にかけて右作業を行い、材木は他業者に処分を依頼し、その他のものは右土地に深さ一ないし二メートルの穴を掘って埋め、上から土を被せて整地した(乙二〇、三〇の一、二、乙三一の一ないし一一、乙三二、北條証人)。

なお、原告は、その本人尋問において、警察から焼残物は処分してよい旨言われていたこと、高村建設の用地へ埋めたのは原告の承諾なく北條が勝手にやったものであると供述しているが、警察は右のような指示はしていないし(丙二二)、いかに原告と親しいとはいえ、北條が原告の承諾なく産業廃棄物である焼残物について、右のような処理をするとは考えにくく、原告の右供述は信用できない。

(六)(1) 原告は、同年七月二七日、伊東市消防長に対し、動産罹災申告書及び不動産罹災申告書を提出した。右動産罹災申告書の品目、購入金額及び購入年月日の記載は別表A及びBの「罹災申告書」欄に記載のとおりであり、不動産罹災申告書の建物の罹災状況欄には、罹災箇所は物置及び家屋であり、損害時価見積額は物置が三〇〇万円、家屋が五三〇〇万円である旨記載されていた。

その後、原告は、被告住友海上の再三の要求に応じて、平成五年一月一四日に、別表A記載の品目について「損害明細書」欄記載のとおりの内容の損害明細書を提出した。しかし、右動産罹災申告書と損害明細書に記載された物件の購入先及び購入価額等について被告住友海上が調査し、確認された結果は、別表Aの「さいか屋・佐藤」欄及び別表Bの「さいか屋」欄記載のとおりであって、動産罹災申告書及び損害明細書の記載内容との間には齟齬があった。(乙四、六、一二、一三、一五、佐藤証人)

(2) 原告は、その本人尋問において、右齟齬が生じた原因につき、動産罹災申告書は火災直後動転した状態で記憶に基づいて書いたためであり、損害明細書については、動産罹災申告書の記載と一致させなければならない旨迫田に言われたので動産罹災申告書と同様に書いたためである旨供述しているが、迫田を始めとする保険会社の代理業者は、原告にそのような助言をしたことを明確に否定しており(乙九ないし一一)、原告の右供述は信用できない。

また、動産罹災申告書及び損害明細書の購入先についての記載及び原告の本人尋問における供述内容は別表A及びBの「罹災申告書」「損害明細書」及び「原告の供述」欄記載のとおりである(なお、「原告の供述」欄中、「Ⅰ」は平成五年一〇月二六日の、「Ⅱ」は平成五年一二月九日の、「Ⅲ」は平成六年二月二二日の各口頭弁論期日における供述を指し、例えば「Ⅰ42以下」というのは「平成五年一〇月二六日の期日の原告本人調書の速記録42頁以下」という意味である。)が、原告の供述する購入先のうち、河野、菅原及びクリスタルダイヤの所在は不明であり、しかも河野等は原告の供述によれば工事会社の職員であって、高額な絵画を扱うとは到底思えない人物であるし、原告は、その本人尋問において、「クリスタルダイヤ」はたまたま原告宅を訪れた商人で、その商品が気に入ったので即座に現金で購入したこと、原告は、日頃自宅に百万ないし千万単位の現金を置いており、それで代金を支払った旨供述するが、社会通念上、個人がそのような多額の現金を自宅に置いておくのも不自然ならば、日頃取引があったわけでもない商人から商品価値も確認せずに高価な宝石類を購入するというものも尋常でなく、原告の右供述は信用しがたい。また、益山及びショウエイドウあるいはショウインドウについては、原告の供述に基づいて被告らが調査した結果その所在が確認できなかった(乙一七ないし一九)。更に、原告は、その本人尋問において、さいか屋からの購入物件については、さいか屋から購入した記憶はあったことは認めているものの、さいか屋から購入したものであることを調査の初期の段階で明らかにしなかった理由について合理的な説明がなされていないし、さいか屋の調査結果(乙一二、一五)との齟齬については、さいか屋が真実を述べていないと供述するが、さいか屋があえて原告に不利な虚偽の事実を述べる理由も必要も何ら見当たらず、原告の右供述は信用できない。そして、石の彫刻等の購入先として記載されている朴については、原告は購入先でなく、販売先であった旨供述するが、なぜ朴を購入先と記載したかについて合理的な説明はやはりなされておらず、しかも、朴によれば同人は販売先ではなく販売を委託されただけで、原告主張の買取約束等はしていないというのであり(乙二五の一ないし三)、右供述も信用することができない。

4  本件火災の原因に関する消防署等の調査結果等

(一) 伊東市消防本部が、本件火災について調査したところ、出火時刻は午前七時四五分、覚知時刻は午前七時五四分である。出火箇所については、建物外部よりも内部からの焼毀が強く、建物内部の一階で最も焼毀が強いのは玄関ホール付近で、これより四方向及び二階への延焼経路が見分されたこと、二階は消火活動時の見分で一階から延焼していたこという消防隊員の確かな証言があることから、玄関から出火したと判定された。また、出火原因については、警察との合同現場検証において出火箇所の細見分を実施するも発火源となる確証物が見分されないため、原告が吸ったというたばこ、電気配線関係、放火といった各々の発火可能性について検討された。たばこ及び電気配線関係からの出火については確証が得られず、原告による放火については、仮に灯油等を使った放火とすれば原告が当日午前四時少し前に出掛けていることからみて、もっと早い時間に発見されてもよく、微小火源によるものであれば時間的に経過は一致し、原告は現在不況にあること、内縁の妻との別れ話があること、現金三〇〇万円を玄関ホールの収納庫に入れていたというが焼け跡から発見されていないこと、出掛ける際に玄関に施錠していないこと等不自然なことが多く、また、多額の保険金を掛けているのも供述の信用性を失わせるが、本人の放火と断定することはできず、外部者による放火については、前夜原告宅を訪れた友人二人による可能性はなく、その他については早朝で玄関も施錠されていないことから建物内への侵入は可能であること、付近は別荘が点在する閑静な場所で放火する意図があれば実施は可能であるが断定はできないとして、結局、発火源、経過、着火物のいずれも不明であるとの結論であった(乙一の一ないし八)。

(二) 蚊取線香による発火の可能性について

前述のとおり、原告は、本件火災後、出火原因が蚊取線香ではないかと述べており、被告らは原告の重過失を主張する前提として、やはり蚊取線香による発火の可能性を主張しているが、蚊取線香が置かれていたのは一階和室であるのに(原告本人、佐藤証人)本件火災の出火箇所は玄関と考えられること(乙一の三)からみて、これが出火原因であると認めることはできない。また、二段重ねにして火をつけるという原告主張の蚊取線香の使用方法では室内に煙が充満することが実験で確認されているが(乙二六)、本件火災当日の午前一時ないし二時ころまで原告宅にいた工藤が煙を感じなかったことが認められる(工藤証人)から、はたして原告が本件火災当日に蚊取線香をつけていたかどうかも疑問の残るところである。

5  その他

なお、被告らは、以上の諸事情に加え、原告の経済状態及び保険金取得歴についても主張している。しかし、原告の経済状態については、確かにニックの調査によれば、原告の周囲の人間が、原告がフォークリフトの代金の支払いに苦慮しているらしいこと、伊東扇園は別荘地の管理を業としていたところ別荘地の造成を行った日建コンサルタント株式会社の倒産の煽りを受けて経営が苦しくなり休眠状態となっていること、ゆりかごはその販売する竹製品の品質が粗悪で値段も高かったため殆ど売れない状態が続き採算がとれなかったこと等を述べているというのであり(丙二二)、また、原告は、平成四年八月にはその所有するユンボ二台を売却した(乙二一)といった事実が認められる。しかし、それ以上に原告の経済的困窮を具体的に示す事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、一方で、原告はその所有地を売却して売却代金を得ている事実も認められるので(甲一一)。結局、原告が保険金の不正取得を企てるほど経済的に困窮していたとは証拠上認められない。なお、昭和四八年一二月三一日に、高村建設所有にかかる作業員宿舎が何者かの放火によると推定される火災で焼失したこと、この保険事故に対し保険金が支払われたことがあることが認められる(乙二の一ないし四、弁論の全趣旨)が、右火災が原告の関与によるものであるとか、これにより原告が不当な利得を得たとかの事実を認めるに足りる証拠はない。

二  争点1〔本件契約一について無効もしくは取消事由の存否(保険金の不正取得を目的として締結されたものか否か。)〕及び争点2〔本件各契約について保険約款違反の有無(本件火災は原告の故意又は重過失に基づくものか否か。)〕について

1  右に認定したとおり、本件各契約はいずれも平成三年三月ころから平成四年三月ころまでの約一年の間に次々と締結され、最後に締結された本件契約三の締結の約四か月後に本件火災が発生していること、いずれの契約締結も被告らないしその代理業者の勧誘ではなく原告からの申出が端緒となっていること、本件火災は原告及びその同居人であった深沢の留守中に発生しているが、原告が自ら横浜に出かける必要があったかどうか疑わしいし、深沢と原告の不仲も狂言であることを疑わせるような事情も存在すること、施錠しないまま出掛けたというが、現金三〇〇万円及び多数の美術品を置いているはずの家に施錠しないまま出掛けるというのは理解に苦しむし、しかも右現金はその置いてあった場所からみて焼け残っていてよいはずなのに発見されなかったこと、本件火災は火の気のない玄関ホールが出火箇所であること、その出火原因について原告は蚊取線香と考えているというが本件火災当日に原告が蚊取線香を使用していたかどうか疑わしいこと、原告は貴重品や当座の日常生活に必要な品を自動車に積んでおり、事前の避難行為と解する余地があること、本件火災前後の原告の言動を知る佐藤を国外に連れ出したり焼残物を処分したりするなどの証拠隠滅と解し得る行為をしており、しかもそれらの行動についての原告の供述が信用できないこと、本件契約二及び三の申込書、動産罹災申告書及び損害明細書等の物件の価格や購入先について客観的な裏付のない記載をしたり事実関係を不明確にしたりしており、それについての本人尋問における原告の弁解がいずれもしどろもどろで合理性のないものであること等、本件火災についての原告の関与、ひいては本件契約一の締結に際しての保険金不正取得目的の存在を疑わしめるような事情は多々存在する。

しかし、伊東市消防本部の調査によっても本件火災原因は不明であり、本件における証拠調べの結果によれば、蚊取線香の放置による出火の可能性は明確に否定されるし、原告又は原告と共謀し、あるいはその意を受けた者の放火の事実を認めるに足りる証拠はない。また、前記認定の各事実を総合しても右放火の事実を推認するには足りない。そうすると、原告側の放火による出火及び原告の保険金不正取得目的の存在並びに原告が事前に本件火災を予期していたことをいう被告らの主張は、いずれも理由がないし、原告の重過失をいう被告らの主張も、蚊取線香が出火原因とは認められないから、理由がない。

2  したがって、争点1に関する被告大東京火災の主張及び争点2に関する被告らの主張は、いずれも採用することができない。

そうすると、原告が被告大東京火災に対し、本件契約一に基づき、保険金五〇〇〇万円の支払いを求める請求は、理由がある。また、住宅保険約款二九条によると、被告大東京火災は、保険金の支払時期について、保険契約者が保険の目的について損害が生じたことを同被告に通知した日から三〇日以内に支払うものとし、同被告がこの期間内に必要な調査を終えることができないときは、これを終えた後遅滞なく支払う旨定めていることが認められる(乙三三)ところ、原告が同被告に対し、本件火災後直ちに本件火災により本件建物が焼失したことを通知したことは前記第二の一の6のとおりである。そして、本件契約一が価格協定特約付きの保険であること及び争点1及び2に関する同被告の主張が結局はいずれも理由のないことを考慮すると、同被告としては、本件火災発生の当日から六〇日を経過する前に、通常必要と認めちれる調査を終了していたものというべきである。したがって、右保険金に対する、右六〇日の経過後である平成四年九月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求も理由がある。

三  争点3〔本件契約二及び三について保険約款違反の有無(各契約申込書の虚偽記載)〕について

1(一)  住宅保険約款一五条一項が、保険契約締結の当時、保険契約者が、故意又は重大な過失により保険契約申込書の記載事項について、保険会社に不実のことを告げたときは、保険会社は保険証券記載の保険契約者の住所に当てて発する書面による通知をもって保険契約を解除することができる旨規定し、運送保険約款一一条一項も同旨を規定していることは当事者間に争いがないから、右各規定は、それぞれ本件契約二及び三の契約の内容となっていたことが認められる。

(二)  そこで、右各約款が右のような規定を置いた趣旨について検討する。右各約款の右規定は、「保険契約の当時保険契約者が悪意又は重大なる過失に因り重要なる事実を告げず又は重要なる事項に付き不実の事を告げたるときは保険者は契約の解除をなすことを得」という商法六四四条一項本文の規定を受けて定められたものである。損害保険制度は、約定事故による損害が発生した場合、保険者が、事故により発生した損害額を保険金として支払うことを約し、その村価として保険契約者より一定の金銭(保険料)の支払を受けるという特殊な契約に基づくものである。この損害保険制度が合理的に運営されるためには、保険事故発生の蓋然性・危険率の統計的計算を基礎として、多数の契約における危険を総合平均化することによって、支払われるべき保険金の総額と受くべき保険料の総額との間に均衡を保たせることが必要である。したがって、保険契約の締結に際しては、保険者が当該保険により引き受ける危険の大きさ及び危険発生の蓋然性を測定して、契約の申込みを承諾すべきかどうか、承諾するとすればいかなる対価(保険料)を保険契約者に要求するかを決定することが必要であり、本来は保険者自らが危険状態を調査すべきであるが、多数の契約を扱う保険者が自らこれを調査することは事実上不可能であるし、危険に関する事情が特に保険契約者の側の内部的個人的事情である場合には、保険者は危険を測定することが困難であることから、最も容易にかつ最もよく種々の事情を知り又は知り得る立場にある保険契約者に右の事実についての告知義務を課すこととしたものである。すなわち、告知義務は、危険の選択のための制度であり、告知義務違反があった場合に保険者に契約解除権を付与しているのは、不良な危険を排斥するためであるということができる。

したがって、商法の右規定にいう「重要なる事実」及び「重要なる事項」とは、危険の大きさや危険発生の蓋然性について保険者の判断資料となるべき事実、すなわち、「危険測定上の重要な事実」を意味すると解すべきであり、右各約款に規定する「不実のことを告げたとき」とは、保険契約申込書の記載事項のうち、右にいう「危険測定上の重要な事実」について、真実でないこと、虚偽のことを告げたときを意味すると解するのが相当である。このことは、住宅保険約款一五条三項が保険契約申込書の記載事項中の告げた不実のことが、危険測定に関係のないものであった場合には同条一項の規定を適用しないこととしていることからも明らかである。そして「危険測定上の重要な事実」とは、保険者がその事実を知っていたとすれば、保険契約の締結を拒絶したか、又は少なくとも同一条件では契約を締結しないであろうと客観的に考えられる事情をいうと解すべきであり、不法又は不当な保険金取得の目的の存在を窺わせる事実及び保険事故招致を誘発させる危険に関する事実(道徳的危険に関する事実)をも含むというべきである。ところで、損害保険の場合において、事故招致により不法又は不当な保険金取得を意図する者は、保険の目的物の客観的価値を超える金額を保険価額・保険金額として保険契約の申込みをするものである。したがって、保険目的物の客観的価値と保険契約申込者が申込書に記載する保険価額・保険金額との間に乖離があるという事実は、事故招致による不法又は不当な保険金取得の目的の存在を窺わせる事実に該当するということができる。もっとも、保険契約者による事故招致の場合の免責条項により、事故招致による不法又は不当な保険金取得を防止することができるようにもみえる。しかし、強制捜査権等を持たない保険者が不法な事故招致であることを立証することはほとんど不可能であることが多く、目的物が保険事故によって消失した後に、その客観的価値が保険金額を下回るものであることを保険者が立証することもまた困難であって、右のような対処方法のみによっては、不法又は不当な保険金取得を防止することができないことは明らかである。したがって、保険者としては、右のような立証不可能により保険金を支払わざるを得ないという危険をも考慮して危険を測定しなければならないのであるから、保険契約申込者が保険の目的物の客観的価値を超える価額を保険価額・保険金額として保険契約の申込みをした事実を知っていたとすれば、当該保険契約の申込みを承諾することはないのが通常である。以上が、道徳的危険に関する事実も告知義務の対象と解する所以である。

そして、告知義務を定めた右各約款の趣旨及び道徳的危険に関する事実を告知義務の対象とする理由に鑑みれば、本件契約二の保険契約申込書の記載事項である明記物件の見積価額及び本件契約三の保険契約申込書の記載事項である保険価額・保険金額は、いずれも告知義務の対象となる道徳的危険に関する事実であると解される。けだし、貴金属、美術品等は少量で多額の価値があるのが通常であり、かつ、これらはいずれも主観的価値を有する一方、市場価格の概念には適さない面もあって価額の算定が困難であるため、道徳的危険も生じやすいからである。したがって、本件契約二の明記物件について保険契約の申込みに際し記載されるべき見積価額、及び本件契約三の貨物(保険の目的)について保険契約の申込みに際し記載されるべき保険価額・保険金額とは、いずれも保険契約者の主観的な価値ではなく、その物の客観的価値、具体的には取得価額あるいは売却先がすでに決まっている物であればその売却価額をいうものと解するのが相当である。

2  以上の住宅保険約款一五条一項及び運送保険約款二条一項の各規定の解釈を前提に、本件について検討する。

(一) 本件契約二の明記物件の価額について、申込書の記載と物件の購入先に調査した結果裏付けられた価額との間に齟齬があることは、別表Aの「申込書」欄及び「さいか屋・佐藤」欄記載のとおりである。そして、原告は、右齟齬について、買い替えているからとかさいか屋の返答が虚偽であるとか供述しているが、原告の右供述が信用できないことは前述のとおりである。したがって、原告は、明記物件の見積価額につき虚偽の記載をしたものと認められ、契約の申込みの段階では、各明記物件の取得価額についての資料を所持しており、取得金額についての記憶もあり、それのないものについては購入先を記憶していた以上調査することも可能であったのであるから、故意又は重大な過失によって不実のことを告げたといわざるを得ない。

(二) また、本件契約三についても、原告が運送保険契約申込書に記載した貨物の保険価額・保険金額一億円と、別表Aの「さいか屋・佐藤」欄記載の佐藤に対する調査の結果判明した保険の対象物件の取得価額との間には齟齬がある。すなわち、本件契約三の保険の目的たる貨物は別表Aの番号35ないし44の物件である(損害明細書にその旨記載したことにより認められる。)ところ、その取得価額は35の物件が一〇〇〇万円、36、37、40及び41の物件が(他の六個の物件と合わせても)合計一〇〇〇万円、38及び39の物件が合計五〇〇万円であるから、右35ないし41の物件の取得価額を合わせても二五〇〇万円を超えることはない。番号42ないし44の物件の取得価額は不明であるが、原告作成の損害明細書記載の金額をそのまま採用してこれを加えるとしても、42の物件が九〇〇万円、43の物件が一二〇〇万円、44の物件が八五〇万円であるから、番号35ないし44の物件全部の価額は合計で五四五〇万円にしかならず(損害明細書に記載はされなかったが、本件請求には含まれている別表Bの番号11の物件の請求額一〇〇万円を加えても、五五五〇万円にしかならない。)、一億円とは大きな差があるのである。これについても原告は、佐藤が虚偽の事実を述べている旨供述するが、佐藤と原告とが親しい関係にあったことを考えると、佐藤があえて原告に不利な証言をするとは考えにくいこと、朴も原告の主張する価額が不相当に巨額なものであったため中国製の石の彫刻についての商談が成立しなかった旨述べていること(乙第二五の一ないし三)、原告の供述する価額には何ら合理的な根拠を見い出すことができないこと等に鑑みれば、この点についても原告の供述は信用できず、申込書に虚偽の記載をしたものと認められ、それが故意又は重大な過失によると認められることも本件契約二と同様であるから、原告は、故意又は重大な過失によっ不実のことを告げたといわざるを得ない。

(三) そして、被告住友海上が原告に対し、平成五年六月一日到達の内容証明郵便により、右各約款に基づいて本件契約二及び三を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

なお、原告の解除権の除斥期間に関する主張(第二の三の3の(二)の(2))についてであるが、原告から損害明細書の提出を受けてその内容を了知しただけでは、同被告が保険契約申込書の記載が虚偽であることを知ったことにはならないのはいうまでもないところ、同被告が右解除の意思表示の日よりも三〇日以上前にこれを知ったことを認めるに足りる証拠はないし、丙第六号証によれば、同被告が原告の不実記載を知ったのは平成五年五月二七日であると認められるので、右解除の意思表示は除斥期間内に行われたものといえる。

3  したがって、本件契約二及び三は、契約解除により遡及的にその効力を失ったものというべきである。争点3に関する被告住友海上の主張は、理由がある。

第四  結論

以上の認定及び判断の結果によると、原告の被告大東京火災に対する本件請求は、理由があるからこれを認容し、被告住友海上に対する本件各請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないのでいずれもこれを棄却し、仮執行の宣言については相当でないから、その申立てを却下することとして、主文のとおり判決する。

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